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2006年1月23日 (月)

20日のジェネジャン!!の記事

20日のジェネジャン!!の記事。

私はこれを怒りに任せて書いた。

怒りのあまり、14日の放送で初めて奥山貴宏氏を知ったこと、彼の著作を読んだことがないことを書くのを忘れてしまった。

昨日図書館に行ったけど、奥山氏の本は全部貸し出し中だった。

この記事を書いた当の本人が読んでいないまま、読みやがれと偉そうに書いた。

自分のことを棚に上げて怒っていたのだ。

私の怒りの対象はペトロ三木氏でもふかわりょう氏でもない。

簡単に死にたいと臆面も無く言える若い奴らに。

私は20日の記事で

金も食うものも住む所も無くて寒さに震えながら、空腹に耐えながら、外で夜を明かしたことがあるか?

と書いたが、全て事実。

過去に2回、期間は合わせて3ヶ月もないが路上生活をしていた。

何度死のうかと考えたかわからない。

そう、当時の私は番組で死にたいと簡単に言える若者とさほど変わらなかった。

死んだら楽になれるのはわかっていた。

それでも死ねなかったのは、死ぬのが怖かったからだ。

無になるのが怖かったからだ。

今でも怖い。

フジテレビ系で放送された『1リットルの涙』と同じSCD(脊髄小脳変性症)を幼くして発症した兄弟を知っている。
兄弟2人を抱えたまま、私が死ぬまで彼らの面倒を見るんだと頑張ってるバツ2のママさんを知っている。

何度この子を殺して、自分も死のうと思ったか。

知能がね、2人とも小学2年くらいで止まったままなんだって。

目の機能が退化して、このままだと失明するんだって。

かかとが曲がらなくなったの・・・

寝たきりに・・・

どうしたらいい?

助けて!

・・・私は、私は、話を聞くことしかできなかった。

何もできなかったんだ。

だから・・・自分がどんな矮小な存在かをも棚に上げて怒った。

五体満足なくせに贅沢なこと言ってるんじゃねーよ、ばかやろう。

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コメント

由美子さん、コメントありがとうございます。

盛り上げ役ですか。そういう見方もあったんですね。

私は変な奴とは思ったけど、怒り狂っていてそっちのほうは気にならなかった。

もちろん、また行きますね。

投稿: 390X | 2006年2月 5日 (日) 午後 04時23分

訪問 お言葉ありがとうございます。
私もあの番組見てました。
ペトロさんにはわざと道化 盛り上げ役を演じて
くれてる?のを感じるのですが・・・テレビは視聴者を盛り上げるためなら少々の嘘つきますから

あのメンバーなら(病気を抱えてる素人さん中心やし)盛り上げ役必要でしょ。
私なりに色々考えながら見てます。
障害者の色々を書いてますのでまた見て下さい。
由美子http://plaza.rakuten.co.jp/yumiheku/

投稿: 由美子 | 2006年2月 5日 (日) 午後 04時11分

竹中偽無さん、同感です。
TBありがとうございます。
TBについては後ほど・・・


tboxさん。確かに変な番組ですが、それでも放送されなかったら奥山氏のことも知ることはなかったはずで・・・
必要悪という存在なんでしょうね。


コングさん。
あまり親しくない頃はそんな弱音を絶対他人に吐かなかった、ふだんは明るくて優しいママさんなんですよ。
だから、感情を爆発された時は・・・
一緒に泣きました・・・・
とてもとても強いひとです・・・
強くならざるを得なかったひとです・・・

投稿: 390X | 2006年1月23日 (月) 午後 11時39分

トラバありがとうございました。
ますます、「1リットルの涙」を薦めたいですね。
記事のお母さまもきっとお辛いでしょう、でも390Xさんと同様、私も何も言えないですね。当事者の気持ちがわかるはずないですから。

恥じないように生きないといけません、私は。

投稿: コングBA | 2006年1月23日 (月) 午後 02時47分

なんか変なテレビ番組が放映されていたのですね
知りませんでした
番組の事は、よく分からないのでコメントはできませんけど、テレビの方向性には日々疑問に思う事があるのです。
放送って「送りっ放し」だったりすると思うのです
テレビとして「送りっ放し」てしまえば
後のフォローは、あまりしたがらない
それってどうなのかと思うのですよ
的外れなコメントかもしれないですけど
なんとなく日頃から感じている事を書かせてもらいました

では
tboxでした

投稿: tbox | 2006年1月23日 (月) 午後 01時49分

またまたトラックバックありがとうございます。
「偽善者なのに文章が熱い」と言われた竹中偽無でございます。

私も390X様と同じような経験がありまして、野宿やら食うもの無いやら電気水道止められるのは当たり前みたいな状態の時がありました。
だから共感って訳ではないですが、今のいわゆる「自殺志願者」を見ると
「なんて甘えた人達なんだ!」と憤りを感じます。
あぁ言うのを希死念慮って言うんでしょうか。

病やのっぴきならぬ事情で死を思う人は確かにいます。けどテレビに出るのは、それはあまりにも「甘えた死」ではないのか?って人ですね。甘えているからテレビに出れるんでしょうね。
本当に死にとりつかれた人はおそらくそんな事しないでしょうから。
私はブログで以前に「自殺について考える」って記事を書いています。
トラックバックしてみますのでご参考になればと思います。

投稿: 竹中偽無 | 2006年1月23日 (月) 午後 01時27分

Kimさん。
>「理屈で殺人はしてもいいと考える人」や「満たされていることに気付かずに自殺を考える人」の気持ちはわかりません。

私はわかりたくもないです。

身障者も健常者と変わらないんです。人それぞれなんですよ。身障者でも私みたいにいいかげんに生きている奴もいますし(汗)

投稿: 390X | 2006年1月23日 (月) 午前 09時56分

2度のトラックバックありがとうございました。
僕も奥山氏の本を未だに読んでいませんし、ブログも読んでいませんでした。
僕は「理屈で殺人はしてもいいと考える人」や「満たされていることに気付かずに自殺を考える人」の気持ちはわかりません。
それにあのスタジオにいた、自殺志願者たちって多分、「死にたい」って言ってる自分達を哀れんで欲しいんだと思いますよ。
本当に死にたくて仕方ない人なら誰にもばれないように死ぬものですから。

本当はこの言葉を使うのには抵抗があるんですが、
「健常者」よりも「障害者」の方が一生懸命生きている気がしますよね。

投稿: Kim | 2006年1月23日 (月) 午前 08時46分

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